少し前になりますが、某製薬会社の広告で「朝、めざめたら、疲れていた。何の為の睡眠だったのだろう」というキャッチコピーがありました。このキャッチコピーは2つの気づきを伝えています。1つ目は、睡眠はこころ・脳・身体を休ませて疲労を回復させるものであるということ、2つ目は、睡眠がこころと身体の健康に大切なものだと分かってはいても、いつも適切な睡眠がとれるとは限らないということです。
睡眠不足がどのような健康被害を及ぼすかについて、私たちは重々承知していますから、「今から寝れば、5時間は眠れる」「昨晩は4時間しか眠れなかったから、なんだか眠いな」など、1日1回は睡眠について考えている方も多いのではないでしょうか。厚労省が作成しているGood Sleepガイドでも、毎日をすこやかに過ごすためには6時間以上眠ることが推奨されていて、どうしても生活リズムとして“睡眠時間”を意識せざるを得ないのでしょう。
十分な睡眠時間がとれなかったとき、数日の間に調整できれば問題ありませんが、睡眠不足の日々が続いていくと、日中もなんとなく眠いので余計に睡眠に意識が向くようになって、「今日も4時間しか眠れなかった」「今日はなんとしても寝なきゃ」というように、だんだん気持ちが焦ってきます。そして、ベッドの中で何回も時計を確認したりして、ますます眠れなくなるという悪循環がおきます。
睡眠はこころ・脳・身体の回復が目的のはずなのに、いつのまにか「◯◯時間寝る」ということが目的になってしまい、「疲労を回復するためのもの」だということが見えなくなってしまうのです。
私が心理面接でお会いしている方々のほとんどが、睡眠の問題を抱えていらっしゃいます。そして、睡眠が心身の健康に大事だと分かっているからこそ、「寝なきゃ」という考えにとらわれて気が張ってしまい、ますます眠れなくなってしまうのです。心身の不調を感じていらっしゃる方が相談にきた時、「睡眠を整えましょう」「早く寝ましょう」とお伝えするのは、相談した方からすると「そうなんです。分かってるんです」ということなのかもしれません。相談にいらした方にお伝えする必要があるのはむしろ、
“リラックスしましょうね”です。眠る時に気持ちが焦らないでいられるような声かけが大切なのです。
なかには「リラックスしなきゃ」と必死になってしまう方もいらっしゃいますが、それはリラックスしている状態とは言いがたく、どうやって眠りに向けてリラックスしていくか、ということが相談のテーマになります。
睡眠は、“寝酒をしない”“寝る前に電子機器を見ない”といった行動だけでなく、睡眠についての正しい知識や寝る時に頭の中で考えていること、つまり「考え方」も大きく影響しています。
考え方と身体(睡眠も身体の反応に入ります)のつながりに着目し、このような要素も取り入れた不眠症へのアプローチとして、CBT-I(cognitive behavioral therapy for insomnia)が最近注目されています。
次回のコラムでは、このことについてお話していきます。
執筆者:木ノ内満玲(公認心理師・臨床心理士)
参考文献:
大野裕(2015).「マンガで分かりやすいうつ病の認知行動療法」きずな出版.
大野裕・田中克俊(2017).「簡易型認知行動療法実践マニュアル」ストレスマネジメントネットワーク.
田中美加他(2018) .簡易型睡眠認知行動療法の高齢者の睡眠改善および睡眠薬減量に対する効果:無作為化比較試験 日本公衛誌65(8) 386-398.