前回、ACT(アクセプタンス&コミットメントセラピー)という心理療法では、「人生を有意義なものにするためには価値に沿った行動をすることが大切だ」と考えられていることをご紹介しました。
ACTでいう“価値”は、目標やゴールとは異なるものとされています。前回冒頭にお話した「抱負」は、目標やゴールに近いものです。
“価値”は、行動する上での方向性であって終わりがありません。
例えば、「愛する人と結婚する」「5キロ痩せる」は目標やゴールであり、「愛する人に愛情を注ぐ」「健康的な食事と運動を心がける」は“価値”になります。
仕事上で目標を立てることはあっても、自分にとっての価値について考える機会はあまりないかもしれません。考えてみたとしても、これが本当に自分にとっての価値なのだろうか、と迷うことも多いと思います。今回は、自分にとっての価値を明確にするための方法をいくつかご紹介していきます。
(1)自分の80歳の誕生日会を開くことを想像してみましょう。
お祝いのスピーチで、誰にどんな言葉で自分の人生を語って欲しいでしょうか。例えば、「彼は冷静で、困った時にいつも助けてくれました」「母は誰に対しても親切で、誰からも愛される人でした」など、具体的に考えてみましょう。
(2)自分の元に莫大な遺産が転がり込んだとしましょう。そのお金で、誰と何をしたいでしょうか。そして、お金持ちになった自分は、どんなふうに振る舞うでしょうか。
例えば、「家族全員でハワイに行って豪遊したい」と考えるなら、家族との絆を深めることを大切にしたいのでしょうし、「独立して起業したい」と考えるなら、様々なことにチャレンジしていくことを目指したいのでしょう。
(3)子供の頃、何になりたかったでしょうか。大好きだったもの、憧れていた人はいるでしょうか。どんな世界を望んでいたでしょうか。
「消防士になりたい」と思っていた人は「誰かを助けたい」という願いがあるのかもしれません。「ゲームが大好きだった」という人は、何かを達成することや楽しさを共有することに価値があるのかもしれません。
(4)人生で重要な4つの領域から考えてみましょう。①人間関係、②仕事や勉強、③自分の成長や健康、④余暇の4つです。
その領域で、自分はどのような人でありたいですか。どのように振る舞いたいですか。自分のどんな部分を伸ばしていきたいですか。領域ごとに自分が大切にしたいことを考えると、価値が見つけやすくなります。
このほかにも、いくつか価値を明確にする方法がありますので、興味のある方はACTの本を読んでみてください。
価値が明確になると、今自分がしている・する行動が本当に有益なものなのか、と判断する時に役立ちます。上司からよく思われていないと感じて距離を取っているとき、本当は上司からどのような人と思われたいのでしょう。そのように思われるためには、どのように行動したらよいでしょうか。このように考えると、おのずと自分自身の行動が決まってきます。
そうは言っても、常に価値を意識するのは難しいものです。
ACTでは「積極的に価値を追い求めなさい。しかし、価値は「軽く」持っているくらいに」と伝えています。
前回、価値はコンパスのようなものだとお話しました。私たちは旅をするとき、常にコンパスを手に握っているわけではありません。進路を定めたり、進む方向を確認したりしたいときに、鞄から取り出して使います。つらい時、苦しい時、問題にぶつかった時、人生の岐路に立った時、生きている充足感がない時、「そうだった、自分は○○を大事にしたいのだった」と自分の“価値”を取り出して確認してみましょう。
ご自身のコンパスはどの方向を指しているでしょうか。ぜひ、コンパスを鞄に入れて、人生という旅路を歩んでいきましょう。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)
参考文献:
武藤崇(2023).「ACT 不安・ストレスとうまくやるメンタルエクササイズ」主婦の友社.
ラス・ハリス(2012).「よくわかるACT 明日から使えるACT入門」星和書店.