このシリーズの最後である今回は、“行動”することで、考えが“変わる”ことについてお話していきます。
そもそも、「考え」というものは、これまで自分が経験したことによって形作られています。子供の頃、愛情をかけられずに育てられたとすれば、「人は信用できない」「人に頼ってはいけない」という考えになるでしょう。そのような考えがあれば、人に悩みを話すという行為は自分が傷つく可能性があるので、「相談する」という行動はとりません。
そのような考えの人が、ある時二進も三進もいかなくなって誰かに相談するという行動をとったとしましょう。相手は親身に話を聞いてくれて、問題が解決しました。心も軽くなりました。
そうすると、「人に頼ってはいけない」という考えが、「人は信用できるかもしれない」「人に頼ってもいいかもしれない」という考えに少しずつ変わっていきます。このように、“行動”することで、自然と“考えが変わる”ということが、日々の生活の中で起きています。
認知行動療法には「行動実験」というアプローチがあります。アプローチというとかっこいいですが、要するに「頭の中にある考えが正しいか、行動してみて確かめてみましょう」ということです。
例えば「同僚からのランチの誘いを断ったら、嫌な顔をされるだろう」と考えていたとき、『誘いを断ったら、本当に嫌な顔をされてしまうのか』ということを検証します。そして、実際に同僚からランチに誘われた時に、勇気を出して断ってみます。そしてその結果、何が起こるのかを観察してみるのです。
同僚は「じゃあ、また誘うね」と笑顔で声をかけてくれるかもしれません。嫌な顔をされるどころか、「体調が悪いの?大丈夫?」と優しい声をかけてくれた、という体験をするかもしれません。
そうすると、「誘いを断っても、嫌な顔をされるどころか気遣ってくれるんだ」という考えに変わります。そして、「すべての人が、誘いを断って嫌な顔をするわけではない」という考えに修正されます。
実験ですから、本当に嫌な顔をされてしまうこともあるでしょう。その場合についてのアプローチは、また別の機会にお話しできればと思いますが、ここで大切なのは、「同僚はランチの誘いを断っても嫌な顔をしないだろう」と考えを無理に変えても、事実は違うかもしれないということです。ですが、ネガティブに考えが偏っている場合、行動した結果をしっかりと観察すれば、自然と考え方は変わっていきます。
私たちは、気分が落ち込んでいるときや不安なときに、行動範囲が狭くなります。誰しも、なんとなく元気がないときは、家に引きこもりたくなりますし、不安なことを避けて過ごしてしまったりした経験があると思います。“経験”は、考えに対してパワフルな影響力を持っています。行動を控えたり避けたりしていると、現実を正しく認識する経験が少なくなって、考えがネガティブに偏りやすくなります。イギリスの元首相であり小説家でもあるベンジャミン・ディズレーリも、「経験は思考から生まれ、思考は行動から生まれる」と言っています。
“行動”することによって、“考え”は変わるのです。
これまで四回に渡って、認知行動療法でどのように「考えが“変わる”」のか、ということについてお話させていただきました。考えを“変える”ではなく、考えが“変わる”ということが、なんとなくお分かりいただけたでしょうか。私たちは日々、自分の考えを様々な角度から検証して少しずつ修正したり、多くのことを経験してこれまでの考えを改めたりして生活しています。「引き受けるんじゃなかった」と考えていた案件が上手くいって、「引き受けてよかった」という考えに変わったりすることは、よくあることではないでしょうか。考えが変わるということは、意外と難しくないことなのかもしれません。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)
参考文献:
竹田伸也(2019). 「マイナス思考と上手につきあう認知療法トレーニング・ブック」 遠見書房.