先日、一年前にカウンセリング(認知行動療法)を終えた方にお話しをうかがう機会がありました。その方は「ちょっと困ったりもやもやしたりしたときは、すぐに考えを整理して『根拠』と『反証』を書き出すようにしています。そうすると、気持ちが落ち着いて、上手に対処できることが増えました!」とおっしゃっていました。1年経っても大きな不調に至ることなく過ごされているご様子で、「自分で自分をケアすることが上手になられたな」と非常に感慨深い思いがしました。

心理学では、ストレスに対して意図的に行う対処行動を「コーピング」と呼びます。「メンタルが強い」と言われる人は、決してストレスを感じないわけではありません。自分に合ったコーピングの引き出しをたくさん持ち、セルフケアを適切に行っている人なのです。セルフケアの本質的なメリットは2つあります。一つは、“不調の火種が小さいうちに消し止められること”もう一つは“「コントロール感」を取り戻せること”です。メンタルの不調は、往々にして「状況に翻弄されている」「自分ではどうにもできない」という感覚が伴います。しかし、「これをすれば大丈夫」という対処法を持っているだけで、自分自身をコントロールできる感覚を失わずに済みます。

コーピングには、状況を変える「問題焦点型」と心を守る「情動焦点型」があり、状況に応じてこの二つを使い分けるのがコツです。コーピングについては、たくさんの参考書が出ていますので、そちらを参考にしていただければと思います。ここでは、“セルフケア”の視点で、少しユニークなコーピングをご紹介いたします。

1)大きな布・ストール・毛布にくるまれる
イライラや悲しみに飲み込まれそうな時、思わず布団にもぐりこんだ経験はありませんか?これは、周囲の刺激から自分を切り離すだけでなく、「やわらかくて大きなものにふんわりくるまれる」という感覚を通じて、脳に安心感を届ける立派なセルフケアです。「包まれている」という感覚が、トゲトゲした心を解きほぐしてくれます。

2)場所を変える
何かストレスを感じたとき、今いるところから物理的に離れてみましょう。場所を変えるだけで、気持ちがふっと軽くなることがあります。ただし、場所を離れてもストレスになったことを考え続けていると効果は半減します。目に映る風景をじっと見つめたりして、「今、ここにいる自分」をしっかり感じてみましょう。五感を使うことで、ストレスの渦から一歩外へ抜け出すことができます。

3)ちょっとした顔見知りを思い浮かべる
セルフケアの肝は、「誰かとつながること」「心をひとりにしないこと」です。頼れる人が今はいなくても、頼れる人は探せます。いつも行くコンビニの店員さん、いつも出社の時にすれ違う犬の散歩中のおじいさん、よく見かけるノラ猫。そんな「ちょっとした顔見知り」を思い浮かべるだけで、自分が完全な独りぼっちではないと感じることができます。

4)自分の辛さや痛みに名前をつける
ある方は、“みんなが悪口を言っている”という被害的な考えに『コショバ(こしょこしょ話)くん』と名付けました。また別の方は、抑えきれないイライラを『おへその虫』と呼んでいました。“名前を付ける”という行為は、心理学では「外在化」と呼ばれ、自分自身の状態を客観視するために非常に有効です。「あ、また、コショバくんがやってきたな」と捉えるだけで、感情に飲み込まれそうな自分との間に距離が生まれ、振り回されずに済みます。

5)「私の好きなアイテム」を見たり探したりする
近年、心理師の研修会でも話題になるのが「推し」の効能です。職場のデスクに「推し」のグッズを飾って、その魅力を活き活きと語る方は、実は無意識のうちに自分を癒す高度なセルフケアを実践しているのかもしれません。ちなみに、私は「推し」がいませんが、大好きな石の標本を眺める時間は、心の安らぎになっています(少々マニアックかもしれませんが)。

コーピングにおいて大切なのは、「質より量」です。自転車の乗り方を本で学ぶだけでは上手くならないのと同様に、コーピングは「実際にやってみる」ことでセルフケアが上達していきます。理想は、折れない強さではなく、「修復できるしなやかさ」です。自分自身で「添え木」を当てられる方法を知っていれば、どんな困難も乗り越えていけます。まずは、ご自身の手帳に「自分をケアするアクション」を3つ書き出してみてください。そのリストが積み重なることで、ご自身を守る盾となっていきます。もし一人で抱えきれない課題に直面した時は、心理師のような専門家も、その引き出しの一つとして活用してくださいね。

執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)


参考文献:
伊藤絵美(2020).「セルフケアの道具箱 ストレスと上手につきあう100のワーク」.晶文社.