前回、不安は「未来の自分が危険な目に遭うかもしれない」という考えが頭の中に浮かんでいる時に生じる感情だとお伝えしました。“まだ起きていないこと”について考えているため、不安を抱えた人の頭の中は、「もしも」という考えに支配されていることが多くなります。

例えば、重要なプレゼンを明日に控えているとき、「もしもプレゼンで大失敗したらどうしよう」という考えが頭をよぎったとします。心が元気なときであれば、「でも、できる限り準備はしたし、ミスはするかもしれないけれど、大失敗はしないだろうな。あとはなるようになれだ。 」と不安からすぐに回復できます。しかし、心が疲弊していたり、不安への感受性が高くなったりしている場合には、「もしも取り返しのつかないことになったらどうしよう。もしも頭が真っ白になったらどうしよう。もしも興味がなくて誰も話を聞いてくれなかったらどうしよう…」という具合に、「もしも」がどんどん増えて、不安が強まっていきます。

このように「もしも」が増えると、多くの場合、未来の危険度が現実よりも大きく見積もられます。どうしてそうなるのかというと、この「もしも」には、ネガティブなバイアス (偏った見方や判断をする傾向、先入観)がかかっているからです。不安を感じている時に陥りやすいバイアスは、大きく分けて二つあります。それが、「脅威の過大評価」と「自分の能力の過小評価」です。

「脅威の過大評価」とは、取返しのつかない事態が起きるかもしれないと考えたり、起こらなそうなことを「起こるに違いない」と考えたりすることです。プレゼンの例では、“大失敗”“取り返しのつかないこと”にあたります。ちょっとした間違いやミスをする可能性はもちろんあるでしょう。しかし、不安なときは、“大失敗”“取り返しのつかないこと”に『なるに違いない』 という方に考えが傾きやすくなります。

「自分の能力の過小評価」とは、何かあったら自分は対処できないだろうと考えたり、他の方法や逃げ道が何もないと考えたりすることです。プレゼンの例では、“興味がないと思われて”“頭が真っ白になったら”にあたります。プレゼンを聞く人たちの好意的な要素を小さく考えたり、今まで準備してきた事実が見えなくなったり、ミスをしても上手く切り抜けられるかもしれない可能性に考えが及ばなくなります。

心が不安に傾くと、考え方にこのようなネガティブなバイアスがかかり、安心できる情報を軽視したり、無視したりしてしまうのです。不安がすぐに和らぐ方は、比較的すぐに、そのバイアスに気が付き、現実的な考えに戻すことができる方だと言えます。では、どのようにすれば考え方のバイアスに気付くことができるのでしょうか。

不安を感じたら、 まずは自分の頭の中で考えていることに注意を向けて、その考えを書き出してみましょう。

そして不安になるときに陥りやすい「脅威の過大評価」「自分の能力の過小評価」のバイアスがかかってはいないか、見直してみましょう。より、現実的な考えはどのようなものでしょうか。自分の考えの偏りを見つけるのは簡単ではありません。見直すことが難しければ、身近にいる不安をあまり感じていなさそうな方を思い浮かべてみましょう。『〇〇さんだったら、どのように今の状況を理解するだろう。〇〇さんだったら、自分にどのように言い聞かせているだろう』と考えてみるのも良いかもしれません。

不安に対処するためには、まずは不安を感じている時に、自分の頭の中で何が起こっているのかを知ることが重要です。自分の考えを見つめて、「つらく なるような考え方をしていないだろうか」と検討できると、不安に上手く対処できるようになっていきます。そしてもう一つ、『不安と戦わない』 ことも、不安を和らげることには有効です。次回は、その方法について詳しくお話していきます。

執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)


参考文献:
デビッド・A・クラーク & アーロン・T・ベック 大野裕監訳(2024)「不安・心配と上手につきあうためのワークブック」 岩崎学術出版社.
デニス・グリーンバーガー 他 大野裕監訳(2017) 「うつと不安の認知行動療法練習帳」 創元社
ドーン・ヒュープナー 上田勢子訳(2017)「だいじょうぶ 自分でできる心配の追い払い方ワークブック」 明石書店.