前回は、認知行動療法 (CBT:Cognitive Behavioral Therapy)についての大まかな概要をご説明させていただきました。今回は、認知行動療法がアメリカとイギリスでどのように活用されているかについて、簡単にお話していきます。
認知行動療法は、Aron Beckというアメリカの精神科医によって開発されました。そのため、アメリカにおける心理療法の中心は認知行動療法である、といっても過言ではありません。アメリカでは、1990年代前半から従業員のメンタルヘルスの一次予防に認知行動療法を取り入れて、その効果検証がなされてきました。
その結果、認知行動療法が「心理的な苦痛の減少」「心理的リソース(レジリエンス*や楽観性など、心理的側面での個人の力)の上昇」「ワークライフの質の向上」「従業員の不満の低下」などに効果があることが示され、それ以降、認知行動療法はアメリカ企業におけるストレスマネジメントのツールとして活用されています。
*レジリエンス:回復力。困難や逆境に遭遇したとしても、上手く対処して立ち直る力のこと。
アメリカでは様々な国籍の人が働いているため、人権や差別に対する意識が高く、個人への対策に力点が置かれています。多くの企業は、メンタルヘルスの支援が受けられるプラットフォーム(環境)を用意しており、従業員がいつでもサポートやカウンセリングを受けることができる仕組みになっています。このカウンセリングは、やはり認知行動療法が主流であり、アメリカの保険会社が認知行動療法の治療効果を正式に認めているほどです。以前、SEとして働いているアメリカ人と話していた時、「I know CBT! It is very useful!」と言われて、とても驚いたことがあります。その方は、カウンセリングを受けたことはなかったようですが、上司がチームのメンバーにお勧めしていたようです。それだけアメリカでは、認知行動療法が浸透しているのでしょう。
一方、イギリスではIAPT(Improving Access to Psychological Therapies)と呼ばれる国家政策プロジェクトが進んでいます。重篤な状態になる手前の人、つまり「ちょっと調子が悪いかも・・・」という人は、薬物療法ではなく心理療法が第一選択となっていて、無料で心理療法が受けられる仕組みになっています。もちろん、心理療法の中心は認知行動療法です。電話・メールなどのサポート付き認知行動療法や、コンピュータプログラムによって提供される認知行動療法など、対面ではないセルフケア式の認知行動療法も盛んです。誰もが認知行動療法に基づく考え方や行動を学び、ストレスマネジメントができるような構造になっています。
いうまでもなく日本でも、労働者のためのメンタルヘルス対策の一環として国が定めたストレスチェック制度において、認知行動療法に基づく考え方が数多く紹介されています。とくに、「セルフケア」の項目では、ストレス対処方法として「行動の工夫」「考え方の工夫」について具体的に言及されています。しかし、日本の労働者の中で、その項目に目を通したことがある方、さらにセルフケアとして認知行動療法を活用している方々はあまり多くないでしょう。誰でもアクセスできる情報にもかかわらず、“もったいない”現状と言わざるを得ません。
研究での有効性はともかく、臨床感覚としても、認知行動療法は「役立つ」心理療法という印象です。認知行動療法は「問題解決型」の心理療法なので、困ったときに役立つスキル(技法)がたくさんあります。そのスキルを学んでおくと、現在の問題も解決できますし、新たなストレス場面にも上手に対処することができます。認知行動療法を知っている人がもっと増えると、日本のメンタルヘルスも向上していくのではないかと思います。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)
参考文献:
Jac J.L.van der Klink,MD et al (2001) The Benefits of Interventions for Work-Related Stress American Journal of Public Health 91(2) 270-276
Richardson,K.M.&Rothstein,H.R.(2008) Effects of occupational stress management intervention programs: A meta-analysis Journal of Occupational Health Psychology 13(1) 69-93
平成23年度厚生労働科学研究費労働安全衛生総合研究事業「労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究」研究班、2012b
松永美希・土屋正雄(2020) 産業・労働分野への認知行動療法の適用と課題 認知行動療法研究 46(2) 133-142