みなさんは、好きな名言はありますか?「偉人の名言」とインターネットで調べればたくさん出てくると思いますし、「あなたの心を元気にする名言集!!」のようなタイトルがついている本もたくさん出ています。私も好きな名言はたくさんあります。

「しがみつくことで強くなれると考える者もいる。しかし時には手放すことで強くなれるのだ」 ヘルマンヘッセ

「人に施したる利益を記憶するなかれ、人より受け取る恩恵は忘るるなかれ」 バイロン

「トマトにねぇ いくら肥料をやっても メロンにはならねぇんだなぁ」 相田みつを

挙げればきりがないですが、名言を読むとハッと気付かされて心が軽くなったり、背中を後押しされたりすることがあります。自分がおかれたその時々の状況によって、心に響く言葉は違うかもしれません。ですが、誰かの言葉によって、これまでの視点から転換できたり、視野を広げたりすることができることがあります。この体験が「考えが変わる」ということです。

4月のコラム「認知行動療法ってどんなことするの?」のなかで、  認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)についての概要をお伝えさせていただきました。認知行動療法は簡単に言えば、「認知」と「行動」にアプローチすることで、辛かったり苦しかったりする気持ちと折り合って、前に進めるよう手助けする心理療法です。『認知行動療法は考え方(認知)を“変える”方法だ』『認知行動療法でネガティブ思考からポジティブ思考に変えよう』などと言われることがありますが、実際は“考え方を変える”心理療法ではなく、“考え方が変わる”という表現が的確です。

そもそも「こう考えるといいよ」とアドバイスをされても、なかなか考え方を変えるのは難しいことです。自分にピッタリくる考えというのは、人によって違います。私がお会いしている患者さんの中には、「妻にもっとポジティブになれと言われるのですが、そんな風に考えられないです」「上司からネガティブに考えるなと言われましたが、無理です」とおっしゃられる方も多くいらっしゃいます。中にはそのアドバイスを引き金に、「ポジティブに考えられない私はダメだ」と、さらに悪循環に陥ってしまう方もいらっしゃいます。

考え方は、無理に変えようとしてもなかなかうまくいきません。とくに、言われる側と言う側の関係性や、そのアドバイスを受けるタイミングによっては、同じことを言ってもなかなか“考えが変わる”までに至らない場合もあります。

私が今よりももっと未熟だったときに、患者さんに「もう打つ手がなくて有名な占いに行ったんです。そうしたら、『息子を手放しなさい。自分の人生を生きなさい』って言われたんです。先生(筆者)に言われていたことが、ようやく理解できました」と言われました。面談の中で、何度も「ご自身が幸せになることが、息子さんが好転するきっかけになります」と伝えていたのですが、腑に落ちていらっしゃらなかったのでしょう。今思えば、「打つ手がない」とご自身で感じるに至る経験があってこそ(占いに頼りたくなるくらい切羽詰まった時)、その言葉が腑に落ちて、考えが“変わった”のだと思います。考えが変わるには、言い方や伝え方だけではなく、その人の状況やタイミングも大きく影響するのだと実感したのをよく覚えています。

では、実際に認知行動療法ではどうやって“考えが変わる”のでしょうか。次回のコラムで詳しくお伝えしていきます。

執筆者:木ノ内満玲(公認心理師・臨床心理士)