アメリカの哲学者・心理学者であるウィリアム・ジェームズは、「人間は幸せだから歌うのではない。歌うから幸せになるのだ(I don’t sing because I’m happy.I’m happy because I sing)」という言葉を残しています。私たちは、幸せや喜びは「何かよいことがあったら感じるもの」と考えがちですが、実は“行動することが感情を変える”という視点を、この言葉は教えてくれています。「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい」という表現も、同じ意味合いを持っています。
気分が落ち込み、意欲が低下すると、人はどうしても動くことが億劫になります。その結果、達成感や心地よさを感じる機会が減り、さらに気分が沈んでしまうという悪循環が生まれます。この循環を断ち切るために有効なのが、楽しさや達成感につながる“小さな行動”を意識して増やしていくことです。大切なのは、「やる気が出たら動く」ではなく、「まず少し動いてみることで、やる気を呼び起こす」という順番です。
抑うつ気分が強い時は、外出や対人交流は大きな負担になります。「行ってみよう」「やってみよう」と思えないのは、決して甘えているわけでも意志が弱いわけでもなく、エネルギーが落ちているサインでもあります。実際、私が面談しているうつ病の患者さんの方々も、「だるくてずっと横になっていました」「外に出る気力がなく、家に引きこもっていました」と語られる方もたくさんいらっしゃいます。
また、例えば職場での辛い出来事があったときに、その場所に足が向きにくくなることもあるでしょう。ただ、その場には、支えになってくれる人や、誤解を解くきっかけがある可能性もあります。その場に行かないという回避の行動をとることで、自分にとってプラスになる情報に触れる機会まで失われてしまうことも少なくありません。
とはいえ、落ち込んでいる最中に行動へ踏み出すことは簡単ではありません。私は面談の終わりに、「来られる前と今とで、気分に少し違いはありますか」とお尋ねすることがあります。どんよりとした表情で来室された方が、面談でお話していくうちに、徐々に表情を緩められることがあるからです。多くの方が、「家を出るときは億劫でしたが、来た時よりは少しましです」とお答えになります。その変化を一緒に確かめながら、「人と話す」「場所を変える」という小さな行動が、気分にどのような影響を与えたのかを丁寧に振り返ります。
このようなかかわり方は、心理学では「行動活性化」と呼ばれますが、特別な技法というよりも、日常の声かけの延長線上にあるものです。「最近、少しでも気分が軽かったのはいつですか」「そのとき、何をしていましたか」といった問いかけが、変化の糸口になります。
もちろん、エネルギーが枯渇しきっている時期には、何よりもまず休息が必要な時期もあります。充分に休むこともまた、自らの心を守るために大切な“行動”のひとつです。そのうえで、休養によって少しエネルギーが戻ってきたときには、ほんの小さな一歩を探してみましょう。その小さな積み重ねが、知らず知らずのうちに心をやわらげ、気分が晴れやかになっているかもしれません。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)