「分かってはいるんですけどね・・・」
面談の場面で、この言葉を耳にすることは少なくありません。そして、そのたびに私自身も「そうですよね・・・」と、深くうなずいてしまいます。健康診断の結果が思わしくなく、生活習慣を見直す必要があるのに、なかなか行動に移せない。メンタルヘルスの不調を自覚し、上司や周囲に相談した方が良いと頭では分かっているのに、「忙しそうだから」「迷惑をかけたくないから」と、声をかけることをためらってしまう。夜に小腹がすいて、ついつい甘いものを食べてしまう。このように、私たちは日常のさまざまな場面で、“分かっているのに、変えられない”という経験を繰り返しています。
人間には“変わりたい”という気持ちと、“変わりたくない(今のままでいたい)”という気持ちが同時に存在する場面が多くあります。これを『両価性(アンビバレンス)』と呼びます。この葛藤の真っ只中にいる人に対して、「こうすべきです」「今すぐ変えた方がいいですよ」といった正論で説得しようとすると、かえって相手の抵抗を強めてしまうことがあります。変化に向かう準備が整っていないのです。
行動の変化を促すうえで重要なのは、その人自身が、自らの大切にしている価値や目標と、現在の行動との間にある“ずれ”や“矛盾”に気付くことです。この気付きは、外側から与えられるのではなく、本人の内側から立ち上がってくることで、変化に向かう気持ちが意識され、強められていきます。
たとえば、体調不良が続いているにもかかわらず、なかなか受診に至らないAさんのケースについて考えてみましょう。
「ここのところ、なかなか寝付けないせいか、日中ぼんやりしちゃって。体もだるくてきついです。家族からも、一度病院に行って診てもらった方がいいよって言われてるけど、忙しくてなかなか時間が取れないんです。このままだと、もっと仕事に集中できなくなりそうだし、早めに病院に行った方がいいと思うけど、病院探すのも結構大変で。まだそこまでじゃないし、もっと悪くなったら行こうと思うんです。同僚が一人、体調不良で休職せざるを得なくなったし、そうはなりたくないですから。」
ここで、相談を受けた側は、どうしても「それは早く病院に行った方がいいですよ」「このままだと、休職になってしまいますよ」などといった“指導”をしたくなります。しかし、このような場合には、すでに備わっている力や大切にしている目標に焦点を当てる方が、行動の変化を促すには効果的です。
Aさんの発言の中から読み取れるのは、“体調を良くしたい”“仕事に集中できる状態でいたい”“休職せずに働き続けたい”といった思いがあることが分かります。これらに焦点をあてて、
「ご家族の言葉を受け止め、いろいろ考えてこられたのですね」
「本当はご自身の健康も大切にしたいお気持ちがあるのですね」
「仕事を続けていくために、体調も整えていきたいと感じていらっしゃるのですね」
といった形で言語化していくと、Aさん自身が自分の中にある動機に気付きやすくなります。
相談を受ける側は、どうしても早期解決や問題の未然防止のために、つい結論を急ぎがちです。しかし、無理に背中を押すことは、時に望ましくない結果につながることがあります。相手の『準備性(変わる準備ができているか)』に視点を向ける方法は、その人自身のペースを尊重することでもあります。
本当に自分を変えられるのは、自分自身だけです。だからこそ、相談を受ける側に求められるのは、相手の選択と責任を奪うことではなく、それを本人に丁寧に返していく姿勢です。「分かっているけれど変えられない」という言葉の奥にある葛藤や願いに耳を傾け、その人自身が一歩を踏み出す準備が整うのを支えることが、組織の中で人を支える立場としての大切な役割ではないでしょうか。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)
参考文献:
清水隆裕(2022).「外来で診る"わかっちゃいるけどやめられない″への介入技法―動機づけ面接入門編」.メディカルサイエンスインターナショナル.