みなさんは今、どこか痛いところはありますか?私は先日、首を寝違えてしまいました。右を向くたびに痛みが走るので、しばらくは身体ごと向きを変えるように気を付けているのですが、少しすると忘れてしまい、「あ、痛い」と同じことを繰り返します。たかが寝違えと思っていても、日常生活は思いのほか窮屈になるものです。
“痛み”は、私たちが日常でよく経験する症状です。紙や包丁で指を切った痛み、どこかにぶつけた打撲の痛みもあれば、腰痛や頭痛のように繰り返し生じ、生活や仕事に影響を及ぼす慢性的な痛みもあります。さらに、痛みをかばうことで別の部位に負担がかかったり、膝の痛みで趣味のゴルフを諦めたりと、生活の幅そのものが狭まってしまうこともあります。
実は、痛みは“身体だけの問題”ではありません。国際疼痛学会(IASP)は、「痛みは、実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験」と定義しています。2020年の改訂では、“組織の損傷がなくても痛いこと”“心理や社会的な要因の影響を受ける個人的な経験”等が明記されました。つまり、検査で異常が見つからなくても痛みは確かに存在し、その辛さは、心の状態や置かれた状況によっても左右されるのです。
慢性的な痛みを抱える人は、「悪化したらどうしよう」「動くとさらに痛くなるのではないか」と活動を控えがちです。すると体力や筋力が低下し、仕事や生活の幅が狭まり、気分の落ち込みや孤立感につながります。そして、そのストレスや不安がさらに痛みへの注意を高め、より強く痛みを感じるという悪循環が生じることがあります。
こうした慢性疼痛への支援として、認知行動療法(CBT)が用いられることがあります。CBTは、「痛みは気のせいだ」と考え方を変えるものではありません。痛みという現実の体験を尊重しながら、「痛みによって生活にどのような影響が生じているか」を整理し、その人らしい生活機能を少しずつ取り戻していくことを目指します。
たとえば、「痛いから何もできない」という状態から、「昼休みに少し歩く」「会議の合間に姿勢を変える」「短時間のストレッチを行う」など、無理のない範囲で活動を再開していきます。また、「痛み=危険」と捉えるのではなく、「今日は疲れの影響もあるかもしれない」「できる範囲で調整してみよう」と、柔軟に考えられるよう支援します。リラクゼーション法など、自分なりの対処方法を身に付けることも役立ちます。私がお会いしていた方も、痛みそのものは改善したわけではありませんでしたが、「仕事には復帰できないに違いない」と引きこもっていた状態から、職場復帰訓練に参加できるまで変化した方もいらっしゃいました。
また、緩和ケアに携わるなかで改めて感じるのは、「痛みは我慢すべきものではない」ということです。痛みというストレスが長く続くと、身体のストレス応答システム(HPA軸:身体をストレスに対抗できる「緊急事態モード」にしてくれるシステム)の働きが乱れ、不眠や気分の不調・免疫機能低下・疲労などにつながることがあります。
「薬に頼りすぎてはいけない」「多少の痛みなら我慢すべきだ」と考える人も少なくありません。もちろん、自己判断で漫然と服薬を続けることには注意が必要です。しかし、主治医と相談しながら適切に鎮痛薬を使うことで、眠れるようになったり、身体を動かしやすくなったりして、活動性や仕事のパフォーマンスの回復につながることもあります。薬を使うことは「弱さ」ではなく、自分らしい生活や働き方を支えるための一つの選択肢です。
痛みは本人にしか分からない体験です。だからこそ、“理解されないこと”自体が二次的な苦痛になることもあります。痛みがあるという現実を受け止めながら、相談を受ける側は、その人らしい働き方や暮らしに目を向け、痛みにとらわれすぎることなく、その人が大切にしたい生活を取り戻せるよう支えていくことが大切なのではないでしょうか。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲
公認心理師・臨床心理士。自治体の教育相談・就学相談に長年携わり、現在もスクールカウンセラーとして活動。医療領域では、都立病院の緩和ケア病棟・緩和ケアチーム、大学病院のうつ病専門外来で認知行動療法を担当している。
参考文献:
日本疼痛学会理事会 「改定版「痛みの定義:IASP」の意義とその日本語訳について」
高橋紀代・前田吉樹・中原理・那須貴之・柴田政彦(2021).「慢性痛の認知行動療法―入院環境での取り組みー」The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine.58(11),1264-1269.
吉野敦雄・岡本泰昌・神人蘭・森麻子・山脇成人(2017).「慢性疼痛に対する認知行動療法のエビデンスと将来への展望について」PAIN RESEARCH.32(4),260-266.