近所で、濃いピンク色の見事な芍薬(シャクヤク)を見かけました。“立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”というように、美しい女性の所作に例えられる花ですが、芍薬の花言葉をご存じでしょうか。紫の芍薬には、実は「怒り」という意味があります。
怒りとは、身体的もしくは心理的に侵害されたと感じ、「それは不当だ」と捉えた時に生じる心身の反応です。怒りそのものは人間にとって自然な感情ですが、強くなりすぎると攻撃的な言動や対人関係の悪化につながることは、多くの方が実感しているのではないでしょうか。そのため近年、「アンガーマネジメント」は、メンタルヘルスの不調予防や円滑な対人関係の維持という観点から注目されています。
最近、怒りを感じた状況を思い出してみてください。どのように対処したでしょうか。怒りへの対処には、いくつかの方法があります。例えば、①状況選択(怒りを引き起こす場面を避ける)、②状況修正(状況そのものを変える)、③注意配分(別のことに意識を向ける)、④認知的再評価(出来事の意味付けを変える)、⑤反応調整(感情の表出を抑えたり発散したりする)といったものです。
言葉が難しいので、簡単な例を考えてみましょう。ひどいことを言ってきた人と会うのを避ける(①状況選択)、あおり運転に遭いそうな時に車線を変える(②状況修正)、イライラしたことから注意をそらすためにSNSを見る(③注意配分)、怒りの対象に同情する(④認知的再評価)、物に八つ当たりする(⑤反応調整)。こうしてみると、私たちは日常の中で、自然といろいろな方法を使いながら怒りを調整していることが分かります。
私自身は認知行動療法を基盤としているので、臨床では認知的再評価をよく用います。ですが、この方法は、ある程度高度な認知的処理が必要であるため、激しい怒りや強いストレス下では実行が難しいこともあります。以前お会いした患者さんで、非常に険しい表情で面談に来られた方がいらっしゃいました。その場で「見方を変えてみましょう」とは、到底お伝えできる雰囲気ではありませんでした。そのため、まずは怒りが生じた経緯や理由を丁寧に語っていただき、その語りを受け止めながら一緒に振り返ることで、最終的には怒りが和らいでいきました。これは、「誰かに話す」という行為そのものが、体験の意味付けを整理し、結果として怒りを和らげたのだと考えられます。
最近の研究では、怒りは「相手に近づいて何か行動を起こそうとする衝動」を伴う感情とされ、その際、脳の前頭部では左側の活動が高まると考えられています。この左前頭部の活動が高まりにくい状況を作ることで、攻撃したいという衝動を弱められる可能性があります。前頭部活動の左右差は、身体の動きや状態によって調整できるとされています。例えば、小さなゴムボールを左手で握る、仰向けに寝るといった身体の状態を変えることによっても、攻撃行動が減ることが分かっています。また、怒りと対立する感情(例えば悲しみなど)を喚起することも、攻撃行動の抑制には有効であるとされています。
このように、怒りの対処にはさまざまな方法があり、目的や状況に応じて柔軟に使い分けることが重要です。その場で気持ちを落ち着かせたいのか、それとも対人トラブルを避けたいのかによって、適切な方法は異なります。また、注意をそらしたり発散したりして一時的に落ち着いたとしても、同じ対象に再び直面すると怒りが再燃することもあります。だからこそ、いくつかの方法を組み合わせながら、自分に合った対処法を見つけていくことが大切です。
紫の芍薬を誰かに贈る機会はあまりないかもしれませんが、芍薬には、白は「満ち足りた心」、ピンクは「はにかみ」、赤は「誠実」といった花言葉があります。怒りという感情もまた一面的なものではなく、多様な側面を持っています。状況に応じて適切に向き合い、扱っていくことで、より豊かな人間関係や日常につながっていくのではないでしょうか。
執筆者:木ノ内(小澤)満玲(公認心理師・臨床心理士)
参考文献:
金谷悠太・川合伸幸(2025).「怒りの制御方略に関する研究動向と展望―実験研究を対象とした検討―」心理学研究.96(2),116-136.
湯川進太郎(2008).「怒りの心理学―怒りとうまくつきあうための理論と方法」.有斐閣.